金曜の22時、Apple Watchが告げた数字

その夜、自分はソファに寝転んで左腕を持ち上げた。Apple Watchの画面には、アクティビティリングとともに、前夜の睡眠スコアが表示されていた。「87」。木曜はノーアルコールで過ごしたから当然といえば当然の数字だが、それでも見るたびに少し気持ちがいい。

金曜の夜はいつも、微妙なラインにいる。翌日は土曜——自分のルールでは「週末2日だけ飲んでいい」側の日だ。だから厳密に言えば「今夜飲んでもいい」。でも22時に缶を開ける気力はもうなかった。むしろ、別のことを考えていた。

数ヶ月前からUntappdのログを眺める習慣がある。自分が飲んだビールの銘柄、杯数、日時が並ぶ画面は、ちょっとした家計簿みたいに見える。先月の飲酒日は8日。週2日ペースでほぼ安定している。1回あたりの支出は平均して1,200円前後——クラフトビール2缶と、つまみ少し、といった感じだ。

月に換算すると約9,600円。週4でノーアルコールにしたことで、以前より月あたり14,000円前後が手元に残るようになっていた。数値で測ると、積み上がりの速度に毎回驚かされる。

「機材が欲しい」という気持ちに、初めて正直になった夜

引き金は一枚の写真だった

その金曜、Instagramで偶然流れてきた写真に目が止まった。朝霧の中に佇む山小屋を撮った一枚で、スマートフォンで撮ったとは思えない奥行きがあった。投稿者のプロフィールを見ると「X100VI」とキャプションにあった。富士フイルムのコンパクト機だ。

自分はずっと「カメラはいずれ」と先送りにしてきたタイプだった。iPhoneで十分と言い聞かせていたが、正直に言うと、予算の優先順位をつけられなかっただけだ。ガジェットにはお金を使うくせに、「写真を撮る体験」への投資はなぜか後回しにしていた。

その夜、Untappdを閉じて、代わりに価格比較サイトを開いた。ログを取ると数字が出る、というのは飲酒管理だけじゃなくて、貯まったお金の「行き先」にも当てはまる。3ヶ月分の「飲まなかった分」を計算したら、ちょうど中古のミラーレスが買える額になっていた。

「いつか」を「今週末」に変える根拠が揃っていた

翌朝、土曜の午前中にカメラ量販店へ行った。飲んだ翌朝だったら、おそらく頭が重くてソファから動けなかった。でもその朝の睡眠スコアは「91」で、起きた瞬間から頭が動いていた。Apple Watchを見ると、安静時心拍数も平常値。身体が動けるコンディションで、大きな買い物の判断をするのは思いのほか気持ちがいいものだと、そのとき初めて気がついた。

2時間ほど試し撮りをして、中古のミラーレス一眼を持ち帰った。支払いは現金で、「飲まなかった3ヶ月」が形になった瞬間だった。レジを出た直後、何とも言えない手ごたえがあった。節約したという感覚ではなく、むしろ「ようやく使った」という感覚に近かった。

カメラを持って歩く、という新しい週末の使い方

散歩ルートが「撮影ルート」に変わった

それからの週末は変わった。以前は土曜の午後、クラフトビールを買いに行くついでに近所を歩いていた。今はカメラを首から下げて同じ道を歩く。行き先は変わっていないのに、見えるものが変わる。路地の奥に差し込む光、商店街の看板の錆び方、植木鉢の影の形。被写体を探すモードに入ると、脳の使い方が切り替わる感じがある。

Apple Watchのアクティビティログを見ると、カメラを持って歩く日は歩数が1.5倍近くになっている。「撮りたい場所」に引き寄せられるから、気づけば遠回りしている。運動量が増えたのは副産物だが、ログを取ると数字としてちゃんと残るので、モチベーションが続きやすい。

「飲む体験」と「撮る体験」の密度の違い

自分は完全に飲まないわけではないから、飲む夜と撮る昼を比べる立場にある。正直に言うと、記憶の残り方が違う。飲んだ夜は感触として残るが、細部はぼやける。撮った午後は、写真というログが残るから、あの角度の光とか、あの商店のおじさんの表情とか、具体的に思い出せる。

体験の「密度」という言葉をよく使うようになった。同じ3時間でも、記録として手元に残るかどうかで、その後の豊かさが違う。カメラはそのまま記憶の外付けHDDみたいなものだと思っている。お金の使い道として、自分にとってこれほど手ごたえのある選択は久しぶりだった。

「体験への予算」は積み立てるほど使い方が上手くなる

Untappdのログが家計の羅針盤になり始めたのは、ここ数ヶ月のことだ。飲んだ日の記録だけでなく、「飲まなかった日に何をしたか」も、別のメモアプリに残すようにした。最初は空白が目立ったが、カメラを買ってからはそこに「撮影に行った」「現像した」「フォトブックを注文した」という記録が並ぶようになった。

飲酒の記録と非飲酒日の行動記録を並べると、自分のお金と時間の「引力」が見えてくる。何に引き寄せられているか、何を後回しにしているか。データとして眺めると、感情に流されずに判断できる。

体験への投資は、使った瞬間に終わらない。撮った写真はフォルダに増え、腕前は少しずつ上がり、散歩の習慣が定着し、次の撮影地を調べる楽しみが生まれる。一回の支出が、複数の体験に枝分かれしていく感覚がある。これは缶ビール代の使い方では、なかなか生まれなかった感覚だ。

あの金曜の夜、22時にソファで左腕を持ち上げたとき、自分は眠くてビールを開けなかっただけだった。でもその小さな選択が、翌朝の頭の冴えにつながり、量販店への足につながり、今も続いている週末の撮影習慣につながっている。ログを取ると、点と点がつながって見える。それが数値管理のいちばん面白いところだと、自分は思っている。

※本記事は一般情報であり、医療的助言ではありません。飲酒に関する健康上の不安がある場合は、医療機関にご相談ください。