水曜日の午後2時、なんかおかしかった
先週の水曜日、リモートワークの画面の前でふと気づいたことがある。いつもなら昼食後の1時間は「頭がぬるい」時間帯で、コーヒーを2杯飲んでもなんとなくぼんやりしているのに、その日はちがった。
企画書の構成を考えていたら、言葉が詰まらずに出てくる。アイデアの繋ぎ目が見えやすい。指がキーボードを打つ速度と、頭が組み立てる速度が、なんとなく揃っている感じ。正直、最初は「たまたまかな」と思っていた。
でも振り返ったら、同じ感覚が前の週にもあったし、その前にも。自分の中でパターンになっていたことに、そこで初めて気づいた。
「飲まない前提」で設計された一日の構造
夜が「完了形」で終わっている
自分はもともとALDH2の活性が低い体質で、ビール半缶でも顔が赤くなる。だから最初からノンアル一択。飲む・飲まないを選ぶ場面自体がない。これが、自分にとって意外と大きな話だったと最近わかってきた。
夜にアルコールを摂った翌朝は、睡眠の後半でからだが処理作業を続けていることが多い、という話を耳にする。自分にはその経験がないけれど、逆にいうと、自分の夜は毎回「素の状態」で終わっている。翌朝に持ち越すものが少ない夜、というか。
だから朝の出だしが、毎日ほぼ同じ水準から始まる。これが積み重なると、午後の回転数の土台になるんだと、あの水曜日に実感した。
「決断の消耗」が起きていない
飲む選択をする人は、毎晩どこかで「今日は飲む?飲まない?」「何杯まで?」「明日早いけど…」という小さな判断を積んでいる。自分にはその判断が最初からない。ぶっちゃけ選択肢にないから、考える必要がゼロ。
これ、地味に頭のリソースを残す話だと思っている。一つひとつは小さくても、毎晩の判断コストがゼロというのは、長い目で見ると「思考の余力」として蓄積される感覚がある。
あの午後2時のシーンを再現する
画面の前で「フロー」みたいな状態に入った
水曜日に話を戻す。昼ごはんはコンビニのおにぎり2個と緑茶。仕事机に戻って、来週の企画の骨子を書き始めた。最初の5分くらいは普通に手が動いていて、気がついたら45分が経っていた。
画面を見たら、A4換算で2ページ分の文字が並んでいた。途中でSNSを開いた記憶がない。コーヒーを取りに立った記憶もない。ただ、考えながら書き続けていた。
マジで久しぶりの感覚だった、というより、これが「普通の水曜」になっていたことに驚いた。特別な日じゃなくて、ただの週の真ん中の午後に、こういう時間が来るようになっていた。
「ノンアルを飲んでいる」ことの副産物
この日の夜、自分はクラフトノンアルビールを一本開けた。最近ハマっているドイツ系のヴァイツェンスタイルで、小麦の香りがちゃんとある。グラスに注いで、ゆっくり飲む。この「意識的に選んで飲む」行為が、自分にとってのオフスイッチになっている。
ここが面白いと思っていて、アルコールを抜くためにノンアルを飲んでいるわけじゃない。「今日の仕事モードをここで閉じる」という儀式として選んでいる。切り替えが明確だから、翌朝の出だしがまたフラットになる。この繰り返しが、あの水曜日の午後を作っていたんだと思う。
「集中の回転数」は急には上がらない
ここで正直に言っておくと、自分はもともと飲まない体質だから「断つことで劇的に変わった」みたいなビフォーアフターはない。ドラマチックな転換点は存在しない。
でも、だからこそ見えることがある。毎日が同じ土台から始まる暮らしを20年以上続けてきた結果として、「集中の回転数が上がりやすい体」が育っていた。それはお酒を選ばない日々が静かに積み上げたものだと、今は思う。
短距離走じゃなくて、長距離走の話。一日で劇的に変わるものじゃなくて、数ヶ月・数年のスパンで地力として育つもの。そっちの話として、生産性や集中力を語りたいと思っている。
「飲まない選択」が持つ、もう一つの意味
毎晩の「回復コスト」を払わなくていい
自分の周りのZ世代の友人でも、ノンアルや低アルコールを選ぶ人が増えてきた。話を聞くと「翌日がしんどくなるのがもったいない」という声が多い。これはすごくリアルな感覚だと思う。
夜に回復コストを払わなくていいぶん、翌日の頭はそのままスタートラインに立てる。それが毎週、毎月続くと、思考の総量が変わってくる。「一日の生産性」じゃなくて、「一年の思考の密度」として考えると、差はじわじわ大きくなる。
「選ばない安心」より「選ぶ楽しさ」で続く
自分がノンアルを続けているのは、制限のためじゃない。ノンアルのクラフトビールやスピリッツが、マジで面白くなってきているから。味の幅が広がってきて、選ぶ楽しさがある。その楽しさが夜のルーティンになって、翌朝のコンディションを底上げして、水曜の午後2時の「あの感覚」に繋がっている。
生産性の話って、ノウハウより「続けられる仕組み」の話だと思っている。義務じゃなくて楽しみとして選ぶものが、長く続く。それが結局、一番効率のいい集中の育て方なんじゃないか、とあの水曜日に思った。
今週の水曜日も、また午後2時に同じ回転数が来るといいな、と少し楽しみにしている。
※本記事は一般的な情報提供を目的としており、医療的助言・診断・治療の推奨を含むものではありません。健康に関するご不安は医療機関にご相談ください。

