あの頃、自分の体はいつも「低温で燃えていた」
断酒する直前の秋のことを、よく思い出す。
平日の夜、仕事から帰って缶ビールを開ける。500mlを一本飲み干してもう一本。それが10年以上続いた自分のルーティンだった。翌朝、なんとなく喉に違和感がある。鼻の奥がわずかに詰まっている。熱はない。でも「完全に調子がいい」という状態には、なかなかならなかった。
当時の自分は、それを「疲れ」だと思っていた。40代の体力的な問題だと。でも断酒3年目のいま、別の解釈ができるようになってきた。あの慢性的なくすぶりの感覚は、免疫システムが常に何かに対応し続けていたサインだったのかもしれない、と。
腸から始まる炎症のカスケード
アルコールと免疫の関係を調べていくと、まず「腸」の話が出てくる。飲酒が腸管のバリア機能を変化させ、本来は腸の内側にとどまるべき細菌由来の物質(LPS:リポ多糖)が血中に漏れ出しやすくなる——このメカニズムは、複数の基礎研究で報告されている。
免疫細胞はLPSを「外敵」として認識し、炎症性のシグナルを放出する。これが慢性的に繰り返されると、体の中でくすぶり続ける炎症状態、いわゆる「慢性低度炎症(chronic low-grade inflammation)」につながる可能性があるとされている。アルコールと腸管バリアおよび全身炎症の関係については、Bishehsariらによる総説(Alcohol Research: Current Reviews, 2017)に詳しくまとめられている。(PMC5513683)
当時の自分の喉の違和感が、このメカニズムと直接つながっていたかどうかは断言できない。でも「なぜいつも微妙に不調だったのか」という問いに、研究はひとつの筋道を示してくれた。
免疫細胞が「誤作動」する、という視点
仕事の昼休み、サンドイッチを食べながら論文を読んでいた日のことを覚えている。断酒してから1年半ほど経った頃だった。画面の中に「マクロファージの機能不全」という言葉が出てきて、自分の中で何かが腑に落ちた。
マクロファージは免疫の最前線に立つ細胞だ。外から侵入した病原体を取り込み、他の免疫細胞に情報を伝える。アルコールはこのマクロファージの働きに影響を与えることが知られており、炎症を促進する方向にも、逆に免疫の応答を抑制する方向にも、状況によって作用するという。つまり「炎症が上がりすぎる」場合と「本来必要な免疫反応が鈍くなる」場合の、両方が起きうる。
「免疫の乱れ」は数値になりにくい
厄介なのは、この種の変化が通常の健診では見えにくいことだ。自分が健診でDをもらったのは肝機能の数値だった。γ-GTPとALTが引っかかった。しかし免疫系の慢性的な変調は、CRP(C反応性タンパク)のような炎症マーカーを別途測らないかぎり、なかなかキャッチされない。
Szaboらの研究(Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology, 2015)は、アルコールが自然免疫・獲得免疫の双方に多面的な影響をもたらすことを整理しており、慢性飲酒者では感染症への抵抗力の変化や、炎症関連疾患リスクとの関連が議論されていることを示している。(DOI: 10.1038/nrgastro.2015.183)
この論文を読んだとき、自分は「ああ、あの頃の微妙な不調には名前があったんだ」と感じた。それまで「気のせい」「加齢」として処理していたものに、別の文脈が重なった瞬間だった。
断酒3年目、体の「温度感」が変わった
断酒して最初の冬、自分はひどい風邪をひいた。断酒中なのになぜ、と思ったが、のちに考えると離脱期の体は免疫的にも不安定な時期があるのかもしれない、と感じる。ただし翌年、翌々年と過ごしてみると、確かに何かが変わってきた。
「くすぶっている」感覚がなくなった。朝起きたときに喉が重い、鼻の奥が詰まっている、という日常的な引っかかりが、ほぼなくなった。これが断酒の効果なのか、他の生活習慣の変化(飲まなくなったぶん睡眠が深くなり、食事内容も変わった)の影響なのか、正確には分けられない。でも体の「温度感」とでも呼ぶべき何かが、確かに落ち着いてきた。
炎症と免疫の話は「遠い研究」ではなかった
こういったテーマを調べるとき、自分はいつも「自分の体と照合しながら読む」ようにしている。数字やメカニズムを頭の中の出来事として処理するのではなく、あの夜の喉の違和感や、翌朝の重さや、10年続いた習慣の感触と結びつける。そうすると、研究が急に「自分ごと」になる。
免疫と炎症の話は、一見すると難解な細胞生物学の領域だ。でも実際には、毎晩の缶ビール2本が、腸の粘膜に作用し、免疫細胞に届き、体の中の「警戒レベル」をじわじわと変えていた——そういう話だったんです。その積み重ねが10年分ある、と思うと、健診のD判定は「始まりのサイン」に過ぎなかったと気づきます。
知ることが、選択肢を増やす
自分がリサーチを続けているのは、「飲まない選択」を正当化するためではない。どちらかといえば、自分の体の中で何が起きているかを知りたいという、純粋な興味から来ている。そしてその知識が、「じゃあこれからどう過ごすか」という選択の幅を広げてくれる。
免疫と炎症のテーマは、まだまだ研究の途上にある。アルコールが免疫に与える影響は、飲酒量・飲酒パターン・個人の遺伝的背景によっても異なり、単純な一方向の話ではないことも、複数の総説が指摘している。だからこそ、「自分の体で何が起きていたか」を一次情報に近いところから考え続けることが、大切だと思っている。
- 飲酒は腸管バリアに影響を与え、慢性炎症のきっかけになりうるとされている
- マクロファージなどの免疫細胞の機能は、アルコールによって複雑な影響を受ける
- 通常の健診では捉えにくく、体感的な変化として気づくことが多い
- 断酒後の変化には個人差があり、体の「温度感」の変化は複数の要因が絡み合っている
あの秋、缶ビールを開けていた夜の自分に「体の中では今こういうことが起きているよ」と伝えられたとしたら、同じ選択をしていたかどうかはわからない。でも少なくとも、知ったうえで選ぶことはできたはずだ。それが、自分がこうして書き続けている理由だと気づきました。
※本記事は一般情報であり医療的助言ではありません。体調や疾患に関するご判断は、必ず医療専門家にご相談ください。

