飲み会との付き合い方で、節酒の質が変わる
医師から「γ-GTPが基準値の2倍を超えている。まず量と頻度を見直してください」と告げられたのは、去年の春の健康診断の結果を受けてのことでした。週3日は飲まない、飲む日も2杯まで——そう決めてからおよそ1年が経ちます。
平日の晩酌を制限することは、思ったよりも早く習慣になりました。難しかったのは、飲み会の扱いでした。会社の懇親会、同期の集まり、取引先との食事。断ることもできるし、参加してうまく立ち回ることもできる。この2択を、最初はその都度、なんとなく選んでいました。
けれど「なんとなく」では後悔することが多い。断ったあとに「あの場に顔を出しておけばよかった」と思う夜もあれば、参加したあとに「結局2杯を超えてしまった」と翌朝のログに向き合う朝もありました。
そこで私は、この2つの戦略を意識的に比較してみることにしました。どちらが自分に合っていて、どちらが向いていないのかを、もう少し解像度高く——いや、具体的に——把握したかったのです。
戦略A:参加を「見送る」という選択
向いている場面と、そのメリット
以前は「断るのは失礼」「顔を出さないと関係が薄れる」と考えていました。しかし節酒を始めてから、参加を見送ることが実際にどういう結果をもたらすかを、少しずつ観察するようにしました。
見送りが機能しやすいのは、出席が任意のもの、メンバーが固定されていない集まり、あるいは開始時刻が21時を過ぎるような深夜型の設定の場合です。こうした場では、参加しなくても翌日の関係性にほとんど影響が出ませんでした。
数値的な話をすると、見送りを選んだ月は、飲酒日数がはっきり減りました。私の手元のログでは、見送りを2回実践した月と、すべて参加した月を比べると、月間の飲酒日数に3〜4日の差が生まれることが多い。飲み会1回あたり2〜3杯飲んでいたとすると、純アルコール量でも相応の差になります。
ただし、見送りには精神的なコストが伴います。断るための言葉を考える手間、「また今度」の曖昧な返事を繰り返すことへの罪悪感。これが積み重なると、人付き合い全体がどこかぎこちなくなる感覚がありました。
見送りが「裏目」に出るパターン
重要な関係者が集まる場、あるいは自分が幹事に近い立場のときに見送りを選ぶと、後から修復に余計なエネルギーがかかりました。節酒のための欠席が、かえってストレスの原因になるなら、本末転倒です。
見送り戦略は「使いどころを選ぶ」ことが前提で、すべての飲み会に適用できるものではない——これが私の結論です。
戦略B:参加しながら「飲む量を設計する」
事前の「上限設定」が鍵になる
飲み会に参加する場合、以前の私は「まあ、その場の流れで」と考えていました。節酒1年目になってから、この姿勢が最も危ういと気づきました。流れに任せると、気づけば3杯目のグラスを手にしています。
そこで試みたのが、参加前に「今夜は2杯、ビール中ジョッキ1本+日本酒1合まで」と具体的な上限を自分の中で決めておくことです。これを手帳にメモするか、スマホのメモアプリに打ち込んでから会場に向かうようにしました。
ルールを「文字にして外出する」という一手間が、思いのほか有効でした。その場の勢いで注文しようとしたとき、頭の中に「もう2杯飲んだ」という事実が浮かびやすくなるのです。これはログの習慣から得た応用です。
「何を頼むか」より「いつ止めるか」を先に考える
参加戦略でもうひとつ重要だったのは、止めどきの設計です。以前は「次の一杯どうしようか」と考えながら飲んでいました。今は「2杯目を飲み終えたら、あとはウーロン茶か炭酸水に切り替える」と最初から決めています。
この切り替えを自然に行うために、私がとっている小さな工夫があります。2杯目のグラスが半分になったあたりで、席を立ってトイレに行く。戻ってきたときに「お茶をください」と頼む。動線を意図的に挟むことで、なし崩しに3杯目を頼む流れを断ち切れます。
また、同席者に「最近、量を少し減らしているんです」と軽く話しておくと、周囲が気を遣って無理に勧めてこなくなります。大げさに説明する必要はなく、一言で十分でした。50代になると、こういう話を素直に受け取ってもらいやすい空気があるように感じます。
2つの戦略を「使い分ける」ための判断軸
3つの問いで仕分ける
見送りと参加設計、どちらが向いているかは、飲み会ごとに異なります。私は現在、以下の3点を出欠判断の材料にしています。
- 関係性の重みはどのくらいか。仕事上の重要な場であれば参加設計。任意の集まりなら見送りも十分な選択肢になる。
- 今週の飲酒日数はどうなっているか。すでに週の飲酒日数が上限に達しているなら、見送りを優先する。ログを確認してから返答する習慣がここで生きる。
- 翌日の朝に何があるか。重要な予定が早朝から入っているときは、参加するとしても早めに切り上げる設計を立てる。
この3点を意識し始めてから、「なんとなく参加してなんとなく飲みすぎた」という後悔が目に見えて減りました。決断の質が上がるというよりも、決断するための材料が揃うようになった、という感覚です。
ビフォーアフターで見えてきたこと
節酒を始める前の私は、飲み会の数と飲酒量がほぼ連動していました。誘われれば行く、行けば飲む、飲めば翌朝に後悔する。このサイクルを「仕方ない」と思っていました。
今は、飲み会の数と飲酒量が必ずしも一致しなくなっています。参加しても2杯で切り上げる日が増え、見送りも臆せず選べるようになりました。γ-GTPの数値は、直近の健診で基準値内に戻っています。飲み会のたびに消耗していた感覚が、少しずつ薄れてきました。
完全にやめることが目的ではなく、「飲む場所と量を自分でコントロールしている」という手応えが積み重なること——それが、私にとっての節酒の醍醐味だと感じています。
まとめ:飲み会は「攻略する」ものではなく「設計する」もの
見送りと参加設計は、どちらが正解というものではありません。状況と自分のコンディションによって、使いどころが変わります。大切なのは、その都度「なんとなく」で流されないこと。事前に少しだけ立ち止まって、今夜の自分にとって何が合理的かを考える習慣を持つことです。
健診の数値が動機になっている私の場合、飲み会1回の選択がログに残り、やがて3ヶ月後の血液検査に反映されます。それを知っているから、設計することが面倒でなくなりました。むしろ、自分の行動が数値に出るという事実が、節酒を続ける一番の手応えになっています。
※本記事は一般的な生活情報の提供を目的としており、医療的助言・診断・治療の推奨を行うものではありません。健康上の懸念がある場合は、医師や医療専門家にご相談ください。

