夏のイベントが続く季節に、ちょっと立ち止まって考えてみた
7月に入ると、予定が急に増える。花火大会、誰かの家でのホームパーティー、子どもの夏祭り、BBQ……。カレンダーを見るたびに「今度のあれ、何を持っていこう」と考えるようになったのは、ソバキュリになってから2年目に入った今も変わらない。
以前は「みんなと同じビールを持っていけば間違いない」と思っていた。でも今は、ノンアルのボトルやカンを選ぶのが、イベント準備の小さな楽しみになっている。ただ、正直に言うと——シーンによって正解がかなり違うと気づいたのは、わりと最近のことだ。
今回は「花火大会」と「ホームパーティー」という夏の2大イベントを並べて、それぞれのノンアルの選び方の違いを考えてみたい。どちらが優れているとか、どちらが楽しいとか、そういう話じゃない。場所が変われば、求めるものが変わる。それだけのことなんだけど、それが結構おもしろかった。
花火大会のノンアル:「携帯しやすさ」が最優先になる
屋外の現実は、思ったよりハードだった
去年の夏、近所の花火大会に子どもを連れて出かけた。抱っこひもにベビーバッグ、レジャーシート、うちわ——両手はすでにいっぱいだった。そこに「今夜のノンアル」を加えるとなると、ボトルの形状や重さが一気に現実的な問題になる。
屋外イベントで私が優先するようになったのは、まず「缶」であること。ペットボトルより口当たりが良く、グラスがなくても成立する。キャップがないから開けたら飲み切る必要があるけれど、花火を見ながら飲むには、むしろそのくらいのテンポがちょうどいい。
次に意識するのが「炭酸の強さ」だ。暑い夜に飲むノンアルは、刺激の強い炭酸の方が気持ちいい。フルーティなものや甘みの強いものは、食事中には合うけれど、花火の開始を待ちながらじっくり飲むには少し重くなる。スッキリした後味のスパークリング系が、このシーンには向いていると思う。
「映える」より「飲める」を選ぶのが正解
ホームパーティーのノンアルはグラスに注いで見た目を楽しめるけれど、花火大会ではそうはいかない。暗い中で缶を傾けながら、隣に子どもが座っていて、人の波で少しざわついていて——そういう状況で「見た目のきれいさ」を追うのは、正直むずかしい。
だから私は花火の場では「飲みやすくて、持ちやすくて、あとくされなく美味しい」ものを選ぶようにした。地味に聞こえるかもしれないけれど、その選択が夜全体の満足度を上げてくれると感じている。
ホームパーティーのノンアル:「見せる」「合わせる」が主役になる
グラスに注いだ瞬間から、雰囲気が変わる
ホームパーティーはまったく違う世界だ。テーブルがある。グラスがある。料理がある。そして、ゆっくり話す時間がある。このシーンでは、ノンアルの「見た目」と「食事との相性」が俄然おもしろくなる。
私がよくやるのは、スパークリングタイプのノンアルをシャンパングラスや細長いフルートグラスに注ぐこと。泡が立ち上る様子を見ながら「乾杯しましょう」と言うだけで、その場が一気に晴れやかになる。飲んでいるものの中身よりも、その所作と空気が大事だと思う瞬間だ。
ボトルのデザインにこだわるのも、ホームパーティーならではの楽しみだ。テーブルに置いたままにしても絵になるボトルを選ぶと、それだけで会話が生まれる。「これ、ノンアルなの?」と聞かれることが多くて、そこから自分のスタイルを話せるのがちょっと嬉しい。
料理との「組み合わせ」を考えるのが楽しい
花火大会ではそこまで気にしなかった「何に合わせるか」が、ホームパーティーでは選ぶ基準の中心になる。揚げ物が多い日はホップの苦みがしっかりあるノンアルビール系を。フルーツやチーズが並ぶ日はノンアルスパークリングや白ぶどう系のものを。和風の食事が主役なら、凛とした苦みのあるお茶系のドリンクを炭酸で割って出してみる。
これが結構うまくいくと、「お酒じゃなくてもこんなに楽しいんだ」という顔をされる。ホームパーティーのノンアルは、食卓全体の演出に加わる感覚がある。花火大会の「飲めればOK」とはまったく別の楽しみ方だ。
2つのシーンを比べて見えてきたこと
「正解」はシーンの数だけある
花火大会には花火大会の正解があって、ホームパーティーにはホームパーティーの正解がある。この当たり前のことに気づくまでに、私は少し時間がかかった。最初のうちは「ノンアルといえばこれ」と決めてしまっていたし、どんな場でも同じものを持っていこうとしていた。
でも今は、イベントの前に「今日の場はどんな状況だっけ」と考えることが習慣になった。屋外か室内か。飲み物にどれくらい注目が集まるか。料理と合わせたいか、とにかく冷たくて美味しければいいか。その問いに答えていくだけで、自然と選ぶものが変わっていく。
どちらのシーンも、子連れで参加しやすくなった
子どもを連れて行くイベントでは、飲み物の選択肢が少なかった頃は少し肩身の狭さを感じていた。「お酒じゃないのを飲んでいる人」という目線を、勝手に気にしていたのだと思う。でも今は、ノンアルという選択肢が増えたこと、そしてそれを自分でうまく選べるようになったことで、場の空気を楽しむ余裕が生まれた気がする。
花火が上がる瞬間に、缶を傾けて「きれいだね」と子どもと一緒に空を見上げる。友人の家のテーブルで、グラスを持って会話を楽しむ。どちらも、飲んでいるものが何であれ、夏の大切な時間だと思う。ノンアルの選び方を考えることは、その時間を自分でデザインする小さな行為なのかもしれない。
今年の夏も、イベントのたびにどれを選ぼうか考える楽しみがある。それだけで、予定が入るたびに少しわくわくする。
※本記事は一般情報の提供を目的としており、医療的助言・診断・治療の推奨を行うものではありません。健康に関するご不安は、医療機関や専門家にご相談ください。

