「血管が老ける」という感覚、3年前には想像もしなかった

断酒のきっかけは、健診のD判定だった。肝機能の数値が並ぶシートを眺めながら、正直なところ、自分は「肝臓だけが問題なんだろう」と思っていた。血管なんて、まだ気にしなくていいと。ビール500ml缶を2本、10年以上ほぼ毎日続けてきた生活を振り返っても、「血管」という言葉は頭の片隅にもなかったんです。

ところが断酒から1年ほど経ったころ、健診で「脈波伝播速度(PWV)」という項目に初めて目が向いた。血管の硬さを示す指標だ。数値の変化が気になって原典を調べ始めたのが、今回の記事のきっかけです。

「動脈スティフネス」とは何か——まず言葉を整理する

血管の弾力性が失われるとどうなるか

動脈スティフネス(Arterial Stiffness)とは、動脈壁の弾力性が低下し、血管が硬くなった状態を指す。若い健康な血管はゴムのように伸縮して、心臓が送り出す血液の圧力変動を吸収する。これが硬くなると、圧力の波が体中に伝わりやすくなり、心臓や腎臓、脳への負荷が増す。

評価方法としてよく使われるのが「脈波伝播速度(PWV: Pulse Wave Velocity)」で、値が高いほど血管が硬いことを意味する。健診でPWVや「CAVI(心臓足首血管指数)」として計測されることもある。自分の場合も、断酒前後でこの数値がじわじわと変化していったのを実感している。

アルコールは血管壁に何をしているのか

アルコールが血管に与える影響は複数の経路で議論されている。慢性的な飲酒は、酸化ストレスの増大、慢性炎症、交感神経系の活性化を通じて、血管内皮細胞の機能を傷つけると考えられている。血管内皮とは血管の内側を覆う薄い細胞層で、ここが機能を失い始めると血管の弾力性も損なわれていく。

かつて「少量の飲酒は心血管に良い」という仮説が広く信じられていた時代があった。しかし近年のメンデルランダム化研究(遺伝的要因を使って交絡を排除する手法)の登場によって、そのような「保護効果」は大幅に疑問視されるようになっている。この点については、2022年にJAMA Network Openに掲載されたメンデルランダム化研究が参考になる(doi:10.1001/jamanetworkopen.2022.14046)。

飲酒量と動脈スティフネスの関係——研究は何を示すか

量が増えるほど血管は硬くなる傾向

飲酒量と動脈スティフネスの関係を調べた研究の一つとして、英国バイオバンクの大規模コホートデータを用いた観察研究がある。これはPMID: 36216810として2022年にHypertension誌に掲載されており、飲酒量が多い群ほど動脈スティフネスの指標であるPWVが高い傾向を示している(doi:10.1161/HYPERTENSIONAHA.122.19434)。

この研究で自分が注目したのは、「適度」とされる飲酒量の群であっても、非飲酒群と比べて血管の硬さに差が見られたという点だ。「少しくらいなら大丈夫」と思っていた過去の自分への静かな問いかけになった。

断酒・減酒後に血管は回復するのか

では、お酒を整えた場合、血管の硬さは変化するのか。これが自分にとって一番気になるところだった。介入研究として参照できるのは、アルコール使用障害の治療で断酒した患者を追ったものが多く、一般的な生活者への直接適用には慎重さが必要だが、傾向として、断酒後に動脈スティフネスの改善が観察されているデータは存在する。

たとえば、2018年にAlcoholism: Clinical and Experimental Researchに掲載された研究(PMID: 29664125)では、断酒後の患者群で短期間のうちにPWVの改善が見られたことが報告されている(doi:10.1111/acer.13624)。慢性的な飲酒で生じた酸化ストレスや交感神経の亢進が落ち着くことで、血管壁への負荷が減る——という仮説と整合性のある結果だ。

自分の体感として、断酒から1年が過ぎたあたりで「血圧の朝の値が安定してきた」という変化があった。もちろん個人差はあるし、食事や運動など他の要因も絡む。ただ、データと自分の体感がゆるやかに重なる感覚は、なんとも言えない納得感がある。

「血管の若返り」ではなく「これ以上硬くしない」という視点

加齢という大前提を忘れない

ここで冷静になっておきたいのは、動脈スティフネスは加齢とともに自然に進む変化でもあるという点だ。40代になれば、飲酒と無関係に血管の弾力性はゆっくり低下していく。断酒が「血管を若返らせる」という過大な期待は禁物で、「余計な老化要因を一つ取り除く」という感覚が現実に近いと自分は考えている。

それでも、その「一つ」は小さくない。酸化ストレス・慢性炎症・交感神経の緊張——アルコールが関与しているとされるこれらの経路を整えることは、血管にとってプラスに働く可能性がある。

日常でできること——血管を意識した生活の組み立て方

研究のデータを読んでいくと、アルコール以外にも動脈スティフネスに影響する要因が多く登場する。自分が断酒後に意識するようになったのは以下の3点だ。

  • 有酸素運動の習慣化:ウォーキングや軽いジョギングが血管の弾力性維持に寄与するとする研究は多い。自分は朝30分の散歩を3年間続けている。
  • 塩分のコントロール:飲酒していたころは塩辛いおつまみが必然的に多くなっていた。お酒を整えると、食の選択肢が自然と変わることに気づきました。
  • 睡眠の質:アルコールは入眠を早めても深睡眠を浅くする。睡眠の質が整うと、夜間の血圧変動も落ち着く傾向がある。

これらは「血管のために特別なことをする」というより、お酒を整えた生活の延長線上に自然と現れてきた変化だったんです。

まとめ——数値の向こうにある「今日の選択」

動脈スティフネスという言葉は、3年前の自分には縁遠いものだった。でも研究を読み込んでいくと、慢性的な飲酒が血管の弾力性を少しずつ蝕んでいく可能性は、データとして無視できないものがある。

断酒は「何かを失う選択」ではなく、「血管が余分なストレスから解放される選択」だと今は思っている。数値が示す傾向と、自分の体が3年かけて教えてくれた変化は、静かにつながっているんです。

この記事を読んでいる方が飲酒量を見直すかどうかは、それぞれの文脈と判断によるものだと思う。ただ、「血管の硬さ」という視点が、自分の飲み方を考えるひとつの材料になれば嬉しい。

※本記事は一般情報であり医療的助言ではありません。健康状態の評価や飲酒に関するご相談は、医師・医療専門家にお問い合わせください。