「脳の調子がいい」を、どうやって確かめるか
断酒してしばらく経つと、「頭の回転が変わった気がする」という感覚が出てくる。自分の場合も、断酒から半年ほど過ぎたあたりで、会議中の集中力や言葉の出方がなんとなく違う、と感じ始めたんです。でも「なんとなく」では心もとない。感覚は主観だし、「最近どうもスッキリしない」という日も当然ある。
そこで自分がやるようになったのが、認知機能を小さく「測る」習慣です。大げさな検査ではなく、日常の中に埋め込める手順として。研究が示す「飲酒が影響する認知の5領域」を軸に、それぞれ日常で確かめられる方法を整理しました。
なぜ5領域なのかというと、アルコールが認知に与える影響を整理した複数の研究で、ほぼ共通して言及される機能がこの5つに収まるからです。ひとつずつ見ていきます。
5つの領域とセルフ評価手順
① 作業記憶(ワーキングメモリ)——「頭の中のメモ帳」を確かめる
作業記憶とは、何かをしながら別の情報を一時的に保持する力のこと。「電話番号を聞きながら、手を動かして書き留める」あの感覚です。アルコールの慢性的な摂取がこの領域に影響することは、神経心理学的研究で繰り返し報告されています(例えば飲酒関連の認知障害を扱った包括的なレビューとして、Ridley et al., 2008, Alcohol and Alcoholism(PMID: 17484841)が参考になります)。
- 今日の夕食に使う食材を3〜5つ声に出さず頭に入れ、スーパーで書かずに買えるか試す。
- 誰かと話しながら、会話の流れを失わずに別の情報(例:時刻、目的地)を頭に置いておけるか意識する。
- 読み始めた段落の内容を、読み終えた後に1文で言えるか確認する。
「言えた」「できた」の回数を週単位でゆるく記録するだけで、自分の作業記憶の波が見えてきます。
② 処理速度——「情報を受け取ってから反応するまで」を観察する
処理速度は、情報を受け取ってから判断・行動に移るまでの速さ。自分が感じた変化でいうと、断酒後1〜2年で「信号が青に変わった瞬間の反応」や「名前がすっと出てくる感覚」が変わったんです。
- 朝、新聞やニュースアプリを読むとき、1段落を読む時間を前の週と比べて体感する。
- スマートフォンの無料ゲームアプリ(数字タップ・神経衰弱など)で毎日1回だけプレイし、スコアの推移を見る。アプリはあくまで「物差し」として使う。
- 会話で相手の名前や固有名詞がすんなり出てくるかどうかを日常の中で観察する。
③ 注意の持続——「飽きずに続けられる時間」を数える
慢性的な多量飲酒が注意機能、とくに持続的注意(sustained attention)に影響することは複数の文献で指摘されています(Stavro et al., 2013, Neuropsychology Review(PMID: 24299712))。10年以上ビールを毎日飲んでいた自分には、この領域の変化が一番わかりやすかった。
- 読書・書き物・資料作成など、ひとつの作業を中断なく続けられた時間を毎日メモする。「20分集中できた」「今日は10分で気が散った」程度の粒度でいい。
- 週の平均を月単位で比べる。波があるのは正常で、長期トレンドを見ることが目的。
- スマートフォンのスクリーンタイム機能で「一度触り始めてから連続して使った時間」を副指標に使う。注意が外に飛びやすいときは、スクリーンタイムも増えがちです。
④ 実行機能——「計画して、やり遂げる」流れを振り返る
実行機能とは、目標を立て、優先順位をつけ、途中で軌道修正しながらやり遂げる一連の力のこと。前頭前野が中心的な役割を担うこの機能は、アルコールの影響を受けやすい領域のひとつとして知られています。
- 週初めに「今週やること」を3つ書く。週末に「実際にどう動いたか」を照らし合わせる。達成率より「なぜずれたか」を考える質が大切。
- 料理でいつもと違うレシピに挑戦し、手順を読みながら段取りを組む作業を意識的に行う。
- 「途中で別のことを始めてしまった」「何から手をつけるか迷って止まった」という頻度を、週に1回ざっくり振り返る。
自分はこれを手帳の最後のページに書き続けているんですが、3年分並べると、断酒1年目の「計画倒れ率」が今と全然違うのがわかって面白いです。
⑤ 言語流暢性——「言葉がスムーズに出てくるか」を確かめる
言語流暢性とは、特定の条件のもとで言葉を素早く、かつ多く引き出せる力のこと。神経心理検査でもよく使われる指標です。
- 1分間タイマーをセットして、「食べ物」「動物」など任意のカテゴリで思いつく言葉を声に出す。何個言えたかを記録する(カテゴリ流暢性テスト)。
- 同じく1分間、「さ行で始まる言葉」など特定の音で始まる言葉を列挙する(音韻流暢性テスト)。
- 月1回、同じカテゴリ・同じ音で試して個数の推移を見る。
これは研究でも広く使われているシンプルな方法で、自宅でひとりでできます。「うまく言葉が出ない日」と「するする出る日」の差が、睡眠や疲労とどう連動するかも見えてきて、なかなか興味深いんです。
記録するときの3つの原則
上の5つの手順を試すとき、自分が決めているルールがあります。
- 完璧を目指さない。「今日は疲れていた」「昨晩よく眠れなかった」という文脈を添えるだけで、数値の意味が変わる。単点ではなく文脈つきの記録が価値を持つ。
- 月単位でしか評価しない。1日の数値に一喜一憂すると、記録が続かない。脳の状態は波があるのが当然で、4週間の平均値のほうが信頼できる。
- 「悪化した」と感じたら医療機関に相談する。セルフチェックは参考情報であって診断ではない。著しい変化があれば専門家に委ねる。
「測る」ことが、続ける動機になる
断酒を続けるうえで、自分が意外と支えになったと気づいたのは、「変化をデータとして持つ」という行為そのものでした。記憶していた頃の自分の状態と、今の状態が、手帳の数行に並んでいる。それが「選び続けてよかった」という確認になる。
感覚だけでは揺らぐことがある。でも小さな記録が積み上がると、揺らぎの中でも手元に戻れる場所ができるんです。今日から試せる手順として、まず①作業記憶か⑤言語流暢性のどちらか一方だけ始めてみることをおすすめします。1分でできます。
※本記事は一般情報であり、医療的助言・診断・治療の推奨ではありません。身体や認知機能に関して気になる症状がある場合は、医師や専門家にご相談ください。

