その夜、グラスを受け取ってしまった

7月の初旬、夫の両親を交えた家族の食事会だった。テーブルにはビールの小瓶が並んで、義母が「ナギさんも一杯どう?」と笑顔で注いでくれた。子どもはすでに離乳食を卒業して久しく、授乳もとっくに終わっている。「ちょっとくらい」という空気は、真夏の夜のように柔らかく漂っていた。

私はグラスを受け取った。一口飲んだ。思ったよりも冷たくて、思ったよりも苦くて、思ったよりも……特別でもなかった。でも飲んだ。そのまま小さなグラス一杯を、会話の合間にゆっくりと空けた。

子どもが眠った後、洗い物をしながら私は少し考えた。後悔、というほどの感情ではなかった。ただ、「あ、飲んだんだな」という事実だけがキッチンに静かに浮かんでいた。2年間、ずっと「選んで飲まない」を続けてきた私が、今日は「選んで飲んだ」。それだけのことだった。けれど、翌朝目が覚めたとき、私の中には小さな問いがあった。「さて、どこから再開しようか。」

翌朝、自分を責めなかった理由

「失敗」ではなく「一回の出来事」として置いてみた

朝6時前、子どもに起こされていつものルーティンが始まる。オムツ、白湯、着替え。手を動かしながら、昨夜のことを頭の中でそっと転がした。

「やっぱり飲まなければよかった」という声が、正直なかったわけではない。でもそれと同じくらい強く、「一回飲んだからといって2年がゼロになるわけじゃない」という声もあった。ソバキュリというのは、完全に飲まないことを誓う儀式ではなく、「お酒との付き合い方を自分で選ぶ」スタンスのことだ。そう改めて思い出したとき、昨夜のビール一杯は「失敗」ではなく「一回の出来事」に変わった。

子どもがおもちゃを引っ張り出して遊び始めた隙に、私はコーヒーを一杯淹れた。苦くて、熱くて、ちゃんと目が覚める匂いがした。「今日からまた、自分のペースで」と思った。それだけで、朝は十分に動き出した。

記録より「感覚」を確認した

私はアプリや手帳で飲んだ日・飲まなかった日を細かく管理するタイプではない。だから昨夜を「記録に書き足す」という作業は必要なかった。その代わり、自分の体の感覚に少しだけ意識を向けてみた。

頭は重くない。胃は普通。睡眠は……子どもの夜泣きのせいで浅かったけれど、それはいつものこと。つまり、一杯のビールが私の体に与えた影響は、思ったより小さかった。それを確認できただけで、「大丈夫だ」という感覚が戻ってきた。自分の体が自分の基準になる、というのはソバキュリを続けてきて気づいたことの一つだ。

「戻る」のではなく「続ける」感覚

2年間は消えていなかった

昼間、子どもを公園に連れて行きながら考えた。もし授乳が終わった直後の私が今の場面を見たら、何と言うだろう。あの頃の私は、「飲まないと決めた日」を一日一日積み重ねることに、少し必死だった。だから一回でも飲んだら「また1日目に戻る」ような気がしていたと思う。

でも今は違う。2年間のあいだに覚えた感覚——朝の清々しさ、子どもと遊ぶ夕方の頭の軽さ、夜9時以降の静かな時間の豊かさ——それは昨夜のビール一杯で上書きされたりしていなかった。体が知っている。それが、今日の私の「続ける」を支えてくれた。

子どもがいると、仕切り直しのスイッチが早い

育児中の面白いところは、「落ち込む暇がない」ことだと思う。昨夜のことを引きずってモヤモヤしていたくても、子どもは関係なくご飯を要求するし、昼寝から目覚めたら抱っこをせがんでくる。

最初は「ゆっくり考える時間もない」と感じていたけれど、今となってはそれが助かっている。気持ちをリセットしたいとき、子どもの「ねえねえ」の一声が、一番早い仕切り直しのスイッチになる。昨夜のビールのことも、公園でシャボン玉を追いかける子どもの笑顔を見ているうちに、ずいぶん遠くなっていた。

また「選ばない日」を積み重ねていく

その日の夕食は、冷蔵庫にあったレモンとミントで炭酸水を作った。特別なことはしていない。ただ、「今日はこれでいい」と思って作っただけだ。グラスに氷を入れて、レモンをぎゅっと搾る。その小さな動作が、なんとなく「もどってきた」感じを連れてきた。

ソバキュリを続けていると、たまにこういう夜がある。誰かの好意や、場の空気や、ふとした瞬間に「まあいいか」と口をつけてしまう夜。それが完全なる悪いことだとは、私には思えない。大切なのは、その翌朝に「さて」と立てるかどうかだと思っている。

再飲酒という言葉は、少し重く聞こえる。でも私にとっては、「また選び直した」という感覚に近い。グラス一杯を飲んだ夜の翌朝に、コーヒーを淹れて、子どもを公園に連れて行って、夕方に炭酸水を作った。それだけで、私のソバキュリは続いている。

完璧じゃなくていい。そこに戻れることを、私は2年かけてようやく知った気がする。

「選んで飲まない」は、一度でも飲んだら終わりじゃない。また選び直せばいい、それだけのことだった。

※本記事は一般情報であり医療的助言ではありません。飲酒に関して心身に気になる症状がある場合は、医療機関や専門家にご相談ください。