あの夜のことを、今でも時々思い出す
7月の中旬のことだった。断酒してちょうど5年目に入ったばかりの夏。仕事で予期しないミスが重なって、夕方には頭がじんじんするほど疲れていた。帰り道のコンビニの前に立ったとき、ガラス越しに冷えたビールの缶が見えた。
「あ、飲みたい」と思った。
5年目でも、そういうことがある。正直に書いておこうと思う。感情が揺れたとき、身体はまだその方向に傾く瞬間がある。でも私はそのままコンビニを通り過ぎた。家に帰って、冷たいほうじ茶を入れて、ノートを開いた。
あの夜のことをノートに残してある。「今日は久しぶりに波がきた。でも飲まなかった」と、たったそれだけ書いてある。読み返すたびに、5年分の変化がこの一行に詰まっている気がするんです。
感情の波は、消えない。でも「乗り方」が変わる
飲んでいた頃の私の感情との付き合い方
30代後半まで、私はお酒を感情のクッションとして使っていた。悔しいとき、寂しいとき、なんとなくざわざわするとき。グラスを傾けると、その感情が少しぼやけた。それが心地よかった。ぼんやりすることが、「落ち着く」だと思っていた。
振り返ってみると、あれは感情と向き合っていたわけじゃなかった。感情をその夜だけ棚の上に置いておいて、翌朝になったら棚ごと見なかったことにしていたような感覚。感情は消えたわけじゃなくて、ただ先送りになっていただけだった。
断酒して気づいた、感情の「賞味期限」
飲まない生活を始めて最初の1年、困ったのは感情が全部くっきり見えてきたことだった。ぼかすものがないから、悔しさも焦りも、思った以上にはっきり自分の中にある。最初はそれが少しこわかった。
でも、ノートに書き続けるうちに、あることに気づいた。感情には「賞味期限」があるんです。怒りも不安も、ほとんどは翌朝には半分くらいになっている。ちゃんと眠れると、さらに薄まっている。飲んでいた頃は、酔って眠ったあとも感情の後味が残っていた気がするのに、今は朝起きたときにすっと空気が入れ替わっているような感じがある。
5年やってみて気づいたのは、感情の波を「なくそう」とするより、「波の長さと高さを知っておく」ほうが、ずっとうまくいくということだった。
ノートが記録してくれた、感情の地図
書くことで「波のパターン」が見えてきた
毎日のノートに体調と気分を残し始めて5年。最初は「今日は疲れた」「なんかモヤモヤする」程度の一行だった。でも積み重なると、自分の感情には傾向があることが見えてきた。
私の場合、梅雨から夏の入り口は気圧のせいかメンタルが揺れやすい。月曜の夜と、週の半ばの水曜の夜が特に落ち着かない時間帯になりやすい。仕事で「評価される感覚」が薄い日は、夕方に妙なざわつきを感じる。
これを知っているだけで、ずいぶん違う。「あ、今週は揺れやすいパターンの週だな」と前もってわかっていると、波がきても「想定内だった」と受け取れる。感情に突然飲み込まれる感覚が、だいぶ減った。
感情を書くときに、私が決めたルール
ノートに感情を書くとき、私はひとつだけ決めていることがある。「なぜそう感じたか」の理由を探さないこと、です。感情の言語化が目的であって、原因の解明が目的じゃない。「悔しかった」で終わっていい。「悲しかった」で終わっていい。
原因を掘り下げようとすると、夜遅くに頭の中で答えの出ない話をぐるぐると回してしまう。それは眠りの質を落とす。書いて、そっと閉じる。翌朝、必要なら続きを考える。この順番を守るようになってから、夜の感情との付き合い方がずいぶん穏やかになった。
「飲みたい」という気持ち自体が、感情のサインだった
冒頭のコンビニの話に戻る。あの夜「飲みたい」と思ったのは、ビールが好きだからじゃなかった。疲れていて、誰かに「お疲れ様」と言ってほしかったのだと思う。認められたかったのかもしれない。そういう感情を、「飲みたい」という身体の信号が代わりに知らせてくれていた。
5年やってみて気づいたのは、「飲みたい」という感覚が来たとき、それ自体を責める必要はまったくないということ。それは感情が何かを伝えようとしているサインで、むしろちゃんと受け取ってあげればいい合図なんだって思うんです。
あの夜、私はほうじ茶を飲みながらノートに「今日は頑張った。誰も褒めてくれないなら、自分で書いておく」と書いた。少し笑えた。感情の波に飲み込まれなかったのは、気合いでも意志の強さでもなく、5年かけて少しずつ作ってきた小さな習慣のおかげだった。
感情と一緒に生きていくために、今日から使えること
感情の波が来たときの、私の3つの動作
- その場を5歩、動く。キッチンに行って水を飲む、ベランダに出て夜風に当たる。場所を変えると、感情の流れが少し変わる。
- ノートに一行だけ書く。「今、○○な気分」それだけ。書くと、感情が自分の外に少し出ていく。頭の中で渦巻くより、紙の上にあるほうが扱いやすい。
- 翌朝まで「答え」を出さない。夜の感情の判断は、翌朝に持ち越す。それだけでずいぶん、余分な後悔が減った。
どれも特別なことじゃない。でも、積み重なると確実に自分のものになる。5年という時間は、こういう小さな積み重ねの集合体だったと、今になってわかる。
「感情を持て余す夜」が、宝物になるまで
飲んでいた頃、感情を持て余す夜が怖かった。何かで埋めないといけないと思っていた。でも今は、そういう夜が来ると、「ああ、自分の中で何かが動いているな」と思えるようになった。怖いというより、興味深い。
感情の波は、消えてほしいものじゃなくて、自分が何を大切にしているかを教えてくれるものだった。飲まない5年が、私にそれを少しずつ教えてくれた気がしている。
「今日の感情を、今夜のノートに残しておく。それだけで、明日の自分が少しだけ軽くなる。」
今夜、何か波がきたとしても。それはきっと、あなたの中の大切なものが声を上げているだけです。
※本記事は一般情報であり医療的助言ではありません。心身に気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。

