断酒3年でも「波」はやってくる

断酒して3年が経ちます。周りから「もう飲みたいとか思わないでしょ?」とよく言われるんです。正直に答えると——「来るときは来る」。頻度は激減したし、強さも全然違う。でも、波は波として、たまにやってきます。

夏の終わりに縁側で夕風を浴びたとき。仕事でちょっとうまくいったとき。逆に、疲れが澱のように溜まった金曜の夜。そういう瞬間に、かつてのビールの冷たさがふっと記憶に浮かぶ。10年以上、ほぼ毎日500ml缶を2本空けていた自分ですから、それくらいは当然なんだと今は思えます。

大事なのは、その波を「恐ろしいもの」として身構えるのをやめたことです。波は来る。でも波は必ず引く。自分が変わったのは、そこに気づいたときだったんです。

「クレービングサーフィン」という考え方

飲みたいという衝動を、専門的には「クレービング(craving)」と呼びます。自分がこの言葉に出会ったのは、断酒から半年ほど経った頃。行動科学の領域で研究されている「クレービングサーフィン」という手法です。

簡単に言うと、衝動を「排除しようとせず、波のように観察する」という考え方です。Bowen & Marlatt(2009)らの研究では、マインドフルネスを活用したクレービングサーフィンが、衝動への対処に有効である可能性が示されています。押さえ込もうとすると逆に意識が向いてしまう——これはもう経験でわかっていたので、「そうか、観察すればいいのか」とすとんと腑に落ちました。

波に乗るための「3ステップ観察」

自分が実際にやっているのは、次の3つの問いを頭の中でゆっくり回すことです。

  1. どこで感じている?——胸?喉?肩?体のどこに「飲みたい」が宿っているか探る
  2. どんな質感?——ずっしり重い?じわじわ広がる?ピリピリする?言葉にしてみる
  3. 今、何分続いている?——時計を見る。たいてい10〜15分で引いていきます

これをやっていると、衝動が「自分」ではなく「通り過ぎる天気」のように見えてくる。最初は半信半疑でしたが、続けているうちに本当にそう感じられるようになったんです。

「なぜ今、来たのか」を書き留める

波が引いた後、自分はメモ帳(スマホのメモアプリで十分)に一行だけ書くようにしています。「疲れてた」「いい知らせがあった」「においを嗅いだ」——それだけ。蓄積すると、自分の「波のパターン」が見えてきます。自分の場合、疲労と空腹が重なった夕方18〜19時台が最多でした。わかると、対策が具体的になります。

波が来やすい「シーズン」の乗りこなし方

断酒3年で気づいたのは、一日の中だけじゃなく、季節や生活イベントにも「波が来やすいタイミング」があることです。

夏の帰り道、バーベキュー、慰労会

5月末から夏にかけて、これが正直いちばん波が高い時期です。気温が上がる、外でみんなが飲んでいる、においがある。自分が健診でDをもらって断酒を決意したのも、ちょうど夏前の健診でした。あの頃の「このままじゃまずい」という感覚は今でも鮮明に覚えています。

この時期に自分がやっていること——参加前に「今夜は炭酸水で楽しむ」と声に出して決める。これだけで全然違います。決める、というより「宣言する」に近い感覚です。誰かに言わなくていい。自分の耳に届かせるだけで効果があると気づきました。

「いいことがあった日」こそ注意

不思議なんですが、しんどい日よりも「うまくいった日」の夜の方が波が高くなることがあります。10年以上、達成感や喜びをビールで「締める」習慣があったから、脳が「ここでビールだろ」と反応するんでしょう。

こういう夜は、乾杯の代わりになるものを事前に用意しておくと乗りやすい。自分は気に入っているクラフトコーラや、少し値の張るノンアルのスパークリングを冷蔵庫に1本ストックしています。「特別な夜にふさわしい飲み物」を自分で決めておくと、脳が「ちゃんと締まった」と感じてくれるんです。

再飲酒してしまったとき——リカバリーの考え方

断酒を続けている方にとって、再飲酒は「全部終わり」に見えてしまうことがあります。自分は幸い3年間飲んでいませんが、断酒の先輩たちの話を聞いてきた中で、これだけはちゃんと書いておきたい。

再飲酒は「失敗」じゃない、と自分は思っています。それはあくまで「一つの出来事」です。大事なのは次の選択をどうするか、だけ。行動変容の研究で有名な「トランスセオレティカルモデル」でも、変化のプロセスには揺り戻しが含まれることが示されています。むしろ揺れながら前進するのが普通、という見方です。

リカバリーを助ける「3つの問い」

  • 飲んだ状況に名前をつける——「疲弊した木曜の夜」「久しぶりの同窓会」。固有名詞にすると次の対策が立てやすい
  • 断酒できていた日数を「消えないもの」として捉える——飲んでしまった一夜が60日を消すわけじゃない。60日は事実として自分の中にある
  • 次の「飲まない朝」を一つ決める——遠い未来じゃなく、明日の朝だけ。それだけ

自分が断酒を続けられているのは「絶対に飲まない鋼の意志」があるからじゃないと思っています。波のパターンを知って、乗り方を少しずつ覚えてきた——ただそれだけなんです。

シラフの夜が「余白」になる

最後に、波を乗りこなせるようになって一番変わったことを話させてください。夜が「余白」になった、ということです。

かつての自分は、ビールを飲みながらテレビを見て、気づいたら寝落ちしていた。その繰り返し。今はその時間に、本を読んだり、翌日のことを静かに考えたり、ただぼーっと窓の外を見たりしています。「何もしない時間」を罪悪感なく持てるようになったのが、正直いちばん大きな変化かもしれません。

飲みたい波は来る。でも乗れる。そして引いた後の静けさが、シラフの夜の本当の気持ちよさだと、自分は思っています。まだ波の乗り方がわからなくても、焦らなくていい。波に乗る練習は、波が来るたびに一回ずつ積み重なっていくものだから。

※本記事は一般情報の提供を目的としており、医療的助言・診断・治療の推奨を行うものではありません。体や心に関するお悩みは、医療機関や専門家にご相談ください。