夜の9時が、いちばん長く感じた

断酒を始めた最初の1か月、夜の9時台がとにかく長かったんです。

それまでの10年以上、仕事から帰ってビールを開けるのが、自分にとっての「夜の始まり」だった。500mlを1缶飲み終わる頃には体がほぐれて、2缶目を開ける頃にはもう眠くなっていた。気づいたらソファで寝落ちして、気づいたら朝——そういうサイクルが当たり前だったんです。

健診のD判定をきっかけに断酒を決めた日の夜、自分は初めて「ビールなしの夜9時」に直面した。テレビをつけても落ち着かない。スマホをいじっても何も頭に入らない。体が何かを待っている感じがして、それが何なのかは分かりきっていた。

あの夜の居心地の悪さは、今でも割と鮮明に覚えている。でも同時に思うのは、あの「空白」があったからこそ、今の夜がある、ということです。

最初の「穴」をどう埋めようとしたか

とにかく何かで埋めようとした時期

断酒から最初の2〜3週間、自分がやったのは「とにかく夜の時間を埋めること」だった。ノンアルコールビールを買ってきたり、動画配信サービスを眺めたり、ネットで断酒体験記を読み漁ったり。要するに、ビールがあった場所に何かを詰め込もうとしていたわけです。

それは悪い手ではなかったと思う。少なくとも「飲んでしまう」よりはずっとよかった。ただ、埋め物をしているだけでは、夜が「自分のもの」にはならなかったんです。何かをしているのに、何もしていないような、妙な虚しさがあった。

「埋める」から「過ごす」へのずれた瞬間

転機は、断酒を始めて1か月半ほど経った夜のことです。特に何か決意したわけでもなく、本棚から10年以上積んでいた文庫本を引っ張り出して読み始めた。ビール片手に読もうとして何度も途中でやめていた本だったんです。

1時間ほど読んで、気づいたら日付が変わりそうになっていた。驚いたのは、眠いのではなく「続きが気になる」という理由で本を閉じたことです。飲んでいた頃は、夜はいつも眠気に押し流されて終わっていた。その夜初めて、夜を「自分で閉じた」感覚があったんです。

小さな出来事なんですけど、あれが「夜を過ごす」ということの入口だったと、今は思っています。

3年かけて変わってきた「夜の中身」

眠りの質が変わって、夜の使い方が変わった

断酒前、自分は「ビールを飲まないと眠れない」と本気で思っていた。でもそれは、アルコールで眠りを誘導していたというだけで、ぐっすり眠れていたわけではなかったんです。翌朝の寝起きがいつもどこかだるかったのは、そういう理由だったんだと後から気づきました。

断酒してから2か月ほどで、朝の目覚め方が変わり始めた。6時に目が開いて、ぼんやりしない。その変化が夜の使い方にも影響していて、「どうせ明日しんどいから夜は早く寝よう」という消極的な理由がなくなった。夜11時まで読書をしても、翌朝に響かない。それが分かってから、夜に「何かを始める」ことへの抵抗がなくなったんです。

「一人でいること」が好きになった夜

飲んでいた頃、一人の夜は何となく落ち着かなかった。だからビールを開けていたのかもしれない、と今は思います。アルコールが「一人でいることのBGM」になっていたんです。

断酒後しばらくは、その落ち着かなさが残っていた。でも半年を過ぎた頃から、一人の夜が「静かでいい」と感じ始めた。妻と子どもが寝静まった後のリビングで、コーヒーを淹れて、ただぼんやりする時間が、悪くないと思えるようになった。何かをしなくていい。埋めなくていい。ただそこにいる——それが夜の過ごし方として成立してきたのが、断酒から1年前後のことです。

一人でいることとアルコールがセットになっていた自分が、その紐付けをほどくのに、それくらいかかったんだと思っています。

今の夜が「好き」と言えるまで

断酒3年目の今、夜の過ごし方にルールはない。本を読む日もあれば、ラジオを流しながら翌日の仕事の段取りを考える日もある。何もせずにぼーっとする日もある。ストレッチをする日もある。たまに妻と遅い夕食をゆっくり食べる。

特別なことは何もないんですけど、どれも「自分で選んだ」という感覚がある。それが断酒前との一番大きな違いだと気づきました。飲んでいた頃の夜は、アルコールのリズムに乗っかって流れていた。今の夜は、自分がペースを持っている。

「夜が好き」と言えるようになったのは、断酒して2年を過ぎた頃からです。最初の1か月のあの居心地の悪さを思うと、ずいぶん遠くに来たなと感じます。でも誰かに強く勧めたいわけでもなくて、ただ「こういう変化があった」という話として、読んでいる方に届けば、それで十分だと思っています。

夜の使い方は、人によって全然違う。自分にとっての「いい夜」は、積み重ねの中でしか見えてこないものだったんです。

夜の時間を「発見する」ということ

断酒してよかったことを聞かれると、健康面の話を期待されることが多い。でも自分がいちばん実感しているのは、夜という時間を「発見した」ことです。

飲んでいる頃も夜はあった。でも自分にとってそれは、アルコールを消化するための時間だった。今の夜は違う。何をするか分からないまま始まって、気づいたら何かをしていて、満足して眠れる。その繰り返しが3年分積み重なっている。

これからも特別な夜は来ないかもしれない。でも、毎晩「今日の夜」を自分で決めていることが、今はちゃんと面白いんです。

※本記事は一般情報の提供を目的としており、医療的助言・診断・治療の推奨を行うものではありません。健康上の不安や症状がある場合は、医療機関にご相談ください。