ビール缶を開ける音が、自分の「夜の始まり」だった

10年以上、ほぼ毎日、仕事から帰ってすぐにビール500mlを1缶。夕食中にもう1缶。それが自分の「定番の夜」でした。特に酔いたかったわけじゃなかったんです。ただ、あの「プシュッ」という音を聞かないと夜が始まった気がしなかった。そういう感覚、わかる人はわかってもらえると思います。

妻は何も言いませんでした。子どもたちも慣れていた。でも3年前、健診の結果がDランクになったとき、主治医に「このままでは数値が悪化します」と言われて、自分のなかで何かがスッと切り替わった。「やめよう」というより、「今夜は飲まなくていいか」という感覚で、その日から一本も開けていません。

あれから3年が経ちました。正直に言うと、最初に大きく変わったのは体でも睡眠でもなく、家族と囲む食卓だったんです。

シラフの食卓で、初めて「料理の味」がわかった

アルコールが鈍らせていた感覚に気づいた

断酒してしばらく経ったある夜、妻が作った鶏の照り焼きを食べながら「これ、いつもと違う?」と聞いたら、「いつもと一緒だよ」と笑われました。違ったのは料理じゃなくて、自分の舌だったんです。

アルコールには味覚を鈍くする作用があることが、いくつかの研究で示されています。National Institutes of Health(NIH)の関連研究でも、飲酒習慣と味覚感受性の関係が報告されています。自分の場合、食事の前からビールを飲んでいたので、料理本来の風味を毎日スルーしていたことになる。それを知ったとき、少しだけショックでした。

食事が「目的」になった夜

シラフになると、食事そのものを楽しもうという気持ちが自然と出てくるんです。ビールがある頃は「食事はビールに合うもの」を探していた。今は「今夜は何が食べたいか」から逆算して考えるようになった。これ、地味だけれど結構な変化だと自分は思っています。

食卓に座る時間も長くなりました。以前はビールを飲み終わったら席を立つリズムがあった。今は子どもの話をちゃんと最後まで聞けるし、妻と「今週末どこ行こうか」なんて話を食後にダラダラ続けられる。こういう時間が積み重なると、家族との関係性がじわじわと変わっていくんです。

子どもの「パパ、なんか変わった?」が一番うれしかった

顔色と反応速度が変わる

断酒して3か月ほど経ったある週末、当時中学生だった上の子が「パパ、なんか最近ちゃんとしてる」と言ってきました。「ちゃんとしてる」。これ、子どもなりの最大の褒め言葉だと思っています。

アルコールが抜けていくと、顔のむくみが取れて顔色が変わります。自分の場合、2週間ほどで「顔がすっきりした」と職場でも言われました。でもそれ以上に変わったのは、反応の速さというか、会話のテンポ感です。夜にビール2缶入っていると、どうしても頭の回転がゆっくりになる。子どもが何か言ってきたとき、ちゃんと受け止めて返す余裕が以前より格段に増えたと自分でも感じています。

「週末の使い方」が家族全員分変わった

以前の土曜の夜は、夕食後にソファで缶ビールを飲みながらテレビを見て、そのまま寝落ち、というパターンが多かったんです。今はそれがなくなったぶん、夜の時間をどう使うかを家族で考えるようになりました。

  • 子どもとボードゲームをする
  • 妻と翌日のルートをゆっくり計画する
  • 録画していた映画をちゃんと最後まで見る

どれも些細なことです。でも、毎週末それが積み重なると「うちの家族の夜ってこんな感じだよね」という文化みたいなものができてくる。それが自分にはすごく心地よかったんです。

「お酒なしで大丈夫?」と聞かれなくなった日

家族の心配が、静かに信頼に変わった

断酒を始めたばかりの頃、妻は食事のたびに「ビール飲まなくて大丈夫?」と聞いてきました。心配してくれていたんだと思います。あるいは、急に変えたことへの戸惑いもあったかもしれない。

でも半年ほど経つと、その質問がなくなりました。自分がお茶やスパークリングウォーターをグラスに注ぐのが、家族の中で「普通の光景」になったんです。そうなったとき、あ、定着したんだなと感じました。言葉でなく、日常の風景として認められた感じ。それが一番じわっとうれしかった。

「お酒を選ばない自分」が普通になるまで

最初の1か月くらいは、食卓でグラスにお茶を注ぐたびに「本当はビールが飲みたいかな」と自問する瞬間がありました。でも正直、そのたびに「別にそうでもないな」という答えが返ってくることが多かった。それに気づいてからは、かなり楽になったんです。

「飲まない自分」を演じているのではなく、「これが今の自分の夜の形」になった感覚。そこに至るまでに自分は6か月くらいかかりました。早い人も遅い人もいると思うし、それでいいと思っています。

3年続いた理由を振り返ると、食卓に帰ってくる

断酒が続いている理由をたまに聞かれます。健康のためとか、数値が改善したからとか、そういう答えが正しいのかもしれない。でも正直に言うと、続けていられる一番の理由は「シラフの夜がシンプルに気持ちいい」からです。

朝、すっきり起きられる。子どもの顔をちゃんと見て一日を送り出せる。妻と夜に交わす他愛のない会話が、疲れた日でも温かく感じられる。そういう積み重ねが、今の自分にとっての「飲まないチカラ」になっている気がします。

食卓は小さな場所ですが、家族との関係性の縮図だと今は思っています。あの「プシュッ」という音がなくなった夜に、自分が本当に欲しかったものが少しずつ見えてきたんです。

断酒は「我慢」じゃなくて、家族と過ごす夜の「解像度を上げる」選択だったと、今は思っています。

※本記事は一般情報であり医療的助言ではありません。健康上の不安や症状がある場合は、医療機関にご相談ください。