梅雨の週末は、いちばん「飲む言い訳」を探していた
断酒を始める前の自分にとって、梅雨の週末というのは特別な時間だったんです。外には出られない、することがない、湿気で気分は重い。そのすべてが「だから飲む」という理由に変換されていた。ビール500ml缶を冷蔵庫から取り出す動作が、雨音と一緒に週末の「儀式」みたいになっていました。
10年以上、ほぼ毎日その儀式を繰り返してきた自分が、健診の結果でDをもらったのを機に断酒を決めたのは3年前の秋。最初の梅雨シーズンをシラフで迎えたとき、土曜の昼すぎに「さて、どうする」とソファで固まってしまった感覚を今でも覚えています。
あの頃は「飲まない週末をどう過ごすか」ということ自体が、まだ自分の中でうまく設計できていなかった。でも3度目の梅雨を迎えた今は、雨の週末が「回復と整備の時間」として自然に機能するようになりました。その変化がどうやって起きたのか、少し整理して書いてみようと思います。
最初の梅雨:「することがない」を正直に認めるところから
「暇」を敵にしない
断酒1年目の梅雨で自分が気づいたのは、「手持ち無沙汰な時間を怖がっていた」ということでした。雨で外出できない土曜日、夕方の4時〜7時あたりに何もすることがないと、体が昔の習慣を勝手に呼び出してくるんです。
そこで試してみたのが、「暇だ」という感覚をそのまま受け入れること。抵抗せず、「ああ、今シラフで手持ち無沙汰なんだな」と観察するような感覚で眺める。これだけでも少し楽になったんです。ムリに何かを「充填」しようとしなくていい、という発見でした。
「15分だけ動く」ルールを試した
とはいえ、ただぼんやりするのも続かない。そこで設けたのが「15分だけ、体を動かしてみる」というゆるいルールです。雨の日は家の中で軽くストレッチをするか、近くのスーパーまで傘を差して歩いてみるだけ。劇的な変化ではないけれど、体を少し動かすと「さっきまでの重さ」が少し和らぐことに気づきました。これが習慣として定着するまでに数ヶ月かかりましたが、今では雨の日の午後に体を動かすのが心地よい。
2年目の梅雨:「雨の日専用の楽しみ」を育てていった
雨の日にしか読まない本棚をつくった
2年目に入ると、「雨の日だからこそできること」を意識的に設計するようになりました。そのひとつが「雨の日専用の読書リスト」です。晴れの日にサクサク読みたい本ではなく、じっくり時間をかけたい長めのノンフィクションや、手元に置きながら少しずつ読む本を「雨の日枠」に回す。
これが思った以上にはまりました。雨が続く週に「あの本の続きが読める」という感覚が生まれると、梅雨そのものへの向き合い方が変わってくるんです。雨がうれしい、とまではいかないけど、「来てもいい」くらいには思えるようになった。
料理の時間を長くとる
もうひとつ、2年目に育てた楽しみが「週末の夕食を丁寧につくる」ことでした。以前は晩酌が主役で、料理はその「つまみ」を作るための作業だったんです。今は料理そのものが夕方の「メインイベント」になっています。
梅雨の週末に、煮込みに時間をかけたり、だしをちゃんと引いたりする。雨音を聞きながら鍋の前に立っている時間が、何か落ち着いた充実感を連れてくる。これは断酒前には気づけなかったことだったんです。
3年目の今:「梅雨の週末」がシラフ充電の時間になった
週明けの自分への「仕込み」として設計する
3年目の今、梅雨の週末を自分がどう見ているかというと、「月曜日の自分への投資の時間」という感覚です。睡眠の質を整え、食事をちゃんと作り、少し体を動かし、好きな本を読む。これらをシラフで過ごすことで、月曜の朝に「整っている感覚」がある。
断酒前は逆でした。週末にビールを開け、夜更かしして、月曜の朝に疲れた体で出社する。週末が回復になっていなかったんです。今の自分は週末に「仕込む」感覚があって、それが3年間続けてきた中でいちばんシンプルな動機になっています。
「飲みたい気持ち」が来ても、慌てなくなった
梅雨の週末、今でも「ビールが恋しいな」と感じる瞬間がゼロではありません。でもその感覚を「来たな」と認識して、15分ほど別のことをしていると、自然と引いていくことに気づいています。これは時間をかけて体と頭が覚えていったパターンです。
1年目は「感覚を振り払う」必要があったけど、3年目は「波が来て、また引く」のを落ち着いて眺められる。この変化が、自分にとっていちばん大きな「断酒が続いていること」の実感かもしれません。
梅雨の週末をシラフで整えるために、自分がやっていること
- 午前中に15〜20分だけ体を動かす:雨の中を少し歩くか、室内でストレッチ。強度よりも「動いた」という感覚が大事。
- 「雨の日専用」の楽しみをひとつ持つ:読書でも料理でも、晴れの日より梅雨の週末のほうがじっくりできることを育てる。
- 夕方の「手持ち無沙汰タイム」に名前をつける:「充電中」「仕込み中」など自分なりの言葉で意味を持たせると、ただの空白感が少し変わる。
- 「飲みたい感覚」を認めて、15分待つ:波は来ても引く。これを体で覚えるのに時間はかかるけど、確実に変わっていく。
- 月曜朝の「整い具合」を手応えにする:週末をシラフで過ごした翌週の朝の感覚を、続ける動機に変える。
3年前の自分に「梅雨の週末がいちばん充実してるかもしれない」と言ったら、笑われたと思います。でも今の自分には、それがわりとリアルな実感なんです。雨の音が聞こえる土曜日の夕方に、だしを引きながらそう思う。それで十分だと感じています。
※本記事は一般情報であり、医療的助言・診断・治療の推奨ではありません。健康上の不安がある方は医療機関にご相談ください。




