6月の夜、「あ、飲みたいな」が来る理由
振り返ってみると、毎年この時期になると不思議と気分が揺らいだ記憶があります。梅雨の合間にすっと晴れる日があって、夕方から空気がやわらかくなって、風がほんのり湿っている——そういう夜に、かつての私はほぼ自動的に冷蔵庫を開けていました。
「夏が始まるな」という体の感覚が、お酒のスイッチを入れていたんだと思います。暑さでも寒さでもなく、あの「季節の切り替わり」の空気感。それがトリガーになっていたことは、断酒を始めてノートを書き続けるようになって、初めてはっきりわかりました。
5年やってみて気づいたのは、「飲みたい気分」の多くは、喉の渇きでも習慣でもなく、空気や光や温度が運んでくるムードだということ。それを知っているだけで、ずいぶんと楽に夜を過ごせるようになりました。
ノートが教えてくれた「夏の始まり」のパターン
5年分の6月ページを読み返すと
私はA5サイズのノートに、毎晩3〜5行、体調と気分と「今夜感じたこと」を書いています。5年続けると、当然6月のページが5冊分たまります。先日、それをぱらぱらとめくってみました。
面白いことに、どの年の6月にも似たような一文が出てきます。「今日は夕方から空気が変わった。飲みたい感覚が少しあった」「夏っぽい夜。昔ならビールを開けていたと思う」。最初の年は「でも飲まなかった、えらい」と書いてあって思わず笑ってしまいました。
3年目あたりから書き方が変わります。「夕方、夏の空気を感じた。今夜はソーダを飲みながら読書した、気持ちよかった」。飲まなかったことへの言及がなくなって、シラフの夜をどう過ごしたかの記録に変わっていく。これが、私が5年で一番変わったことだなって思うんです。
「こらえる夜」から「楽しむ夜」へのシフト
断酒の最初のころは、「飲みたい気分をどうやり過ごすか」に意識が向きがちでした。でも5年やってみて気づいたのは、やり過ごすことにエネルギーを使っているうちは、夜がどこか「我慢の時間」になってしまうということ。
夏の始まりの夜を心地よくしたのは、「飲まないこと」に集中するのをやめて、「この夜に何をしたら気持ちいいか」に切り替えたことでした。些細な発想の転換ですが、これが一番効きました。
私が夏の始まりの夜に選ぶようになったこと
「ひんやり感」を別の方法で迎えに行く
お酒の魅力のひとつは、あの最初の一口の「ひんやりとした解放感」だと思います。シラフでそれを再現したくて、いろいろ試してきました。今の私が一番好きなのは、ミントを浮かせた炭酸水にライムを絞って、氷をたっぷり入れたグラスで飲むこと。グラスの冷たさも含めて、手元から涼しくなる感覚が心地よくて、毎年6月になるとこれが楽しみになっています。
大切なのは「代替品」という位置づけではなく、「これが好き」と思えるものを見つけることだと思います。お酒の代わりではなく、シラフの夜の「これ」として選んでいる。その感覚が定着すると、夏の夜が以前より豊かになりました。
夜の最初の30分を「切り替えの時間」として使う
仕事や家事が一段落して、夜のモードに入る最初の30分。ここが一番「飲みたいな」という気分が立ち上がりやすい時間帯だということも、ノートを読み返してわかってきました。
今は、この30分を意識的に「切り替えの儀式」として使っています。シャワーを浴びてから好きな飲み物を用意して、ノートを開く。この流れが体に入ると、それ自体が「今日が終わって、自分の時間が始まる合図」になります。お酒がなくても、ちゃんと「切り替わった感」が得られるんです。
5年続けて、夏の夜が変わったこと
断酒を始めたころ、「夏をシラフで楽しめる気がしない」と思っていました。夏=ビール、夕涼み=お酒、というイメージが自分の中に強くあったので。でも5年やってみて気づいたのは、あのイメージはかなり「刷り込み」だったということです。
シラフで迎える夏の夜は、感覚がはっきりしています。風の温度、虫の声、遠くの花火の音、蒸し暑さの中のわずかな涼しさ。酔っているときは気づかなかったか、気づいても翌朝には消えていたような感覚が、ちゃんと残るようになりました。
ノートの6月ページが、「飲まなかった記録」から「夏の夜の記録」に変わっていったのは、そういう感覚の積み重ねがあったからだと思います。シラフの夜は、情報量が多い。それが今の私には、一番の理由かもしれません。
夏の始まりに「揺れる」ことがあっても、それでいい
5年目の今も、6月の夜に「ちょっと飲みたいな」という気分がゼロかというと、正直そうでもない日もあります。でも振り返ってみると、その気分は5分もすれば通り過ぎていくことがほとんど。波みたいなもので、乗り越えるというより、来たなと思って眺めていると、すっと引いていく感じ。
断酒を続けている人に伝えたいのは、揺れることはおかしくないし、揺れながら続けることができるということ。最初の年に「飲まなかった、えらい」と書いていた私が、5年後に夏の夜の風を書き留めるようになった。変化はゆっくりで、でも確実に積み重なっていきます。
今夜もノートを開いて、6月の空気を書き留めようと思います。5年後に読み返す自分のために。
※本記事は一般情報であり医療的助言ではありません。体調や飲酒に関する具体的なご相談は、医療機関や専門家にご相談ください。




