「気づいたら1年」だった、私のソバキュリ

子どもが1歳の誕生日を迎えた日の夜、ふと気づいた。「あ、もう1年、お酒を選ばなかったんだ」と。授乳期がそのまま続いているみたいな感覚で、特に「やめる」と決意した瞬間があったわけじゃない。産後の体がお酒を欲しがらなかったし、子どもと過ごす夜が思ったより心地よかった。気づいたら1年が過ぎていた。

でも「1年続いた」と聞くと、何か特別な意志の強さがあったように聞こえる。正直に言うと、そんなものは全然なかった。あったのは「今夜はいいや、ノンアルにしよう」という、小さな選択をくり返したことだけ。その積み重ねが、気づけば1年になっていた。

今日はそのことを、少し丁寧に振り返ってみたい。続いた理由は、「選ぶ」というスタンスをずっと手放さなかったからだと思っている。

「やめる」じゃなくて「選ぶ」が、気持ちをずっと軽くしてくれた

「禁酒」という言葉に感じていた圧力

産後しばらくして、育児中の友人に「禁酒してるの?」と聞かれたことがある。そのとき私はちょっと戸惑った。「禁酒」という言葉が、どこか窮屈に感じたから。禁じるって、何かから自分を守るイメージがある。意志が緩んだら崩れてしまうような、崖の縁に立つ感じ。

私がやりたかったのは、そういうことじゃなかった。飲んでもいい。でも今夜は飲まない方が気持ちいい。そういう「選ぶ」感覚を持ち続けることが、私にとってのソバキュリだった。飲まないことを禁じるんじゃなくて、飲まないことを選んでいる。この違いが、思ったよりずっと大きかった。

「完璧にやらなきゃ」をなくしたら、ずっとラクになった

ソバキュリを始めて数ヶ月が経ったころ、夫の誕生日の夜にワインを少し飲んだ。おいしかった。でもそれだけだった。翌日「あ、やっぱりなくてもよかったな」と思ったくらい。完璧にゼロじゃないといけない、というルールを自分に課していなかったから、その日は特別な夜として終わった。

「また飲んでしまった」という罪悪感が生まれなかったのは、最初から「完璧を目指す禁酒」じゃなかったから。選んでいる限り、どの夜も自分の意志の上にある。そう思えると、続けることへの負担感がぐっと下がった。

1年で変わった「夜の景色」

子どもが寝たあとの時間が、自分のものになった

育児をしていると、子どもが寝たあとの1〜2時間が唯一の「自分時間」になる。以前(妊娠前)は、その時間にワインを開けてドラマを観るのが定番だった。ひとつの「ご褒美」として機能していた。

でも今は違う。その時間に読みかけの本を読んだり、翌日の献立を考えたり、ストレッチをしてみたり。お酒があると眠くなりやすくて、結局ソファで寝落ちして終わり、というパターンが多かったことに気づいた。飲まない夜は、不思議と「ちゃんと使えた感」がある。夜の時間が変わった、というのは、こういうことだったんだなと思う。

翌朝の感覚が、育児のリズムを変えた

子どもがいると、朝は選べない。6時には声がして、テンション高く「おはよう!」が来る。ソバキュリを続けるようになってから、その「おはよう」をちゃんと受け取れるようになった気がする。体が重くない朝は、子どもの顔を見て自然に笑える。些細なことだけど、積み重なると大きな違いになる。

授乳中からそのまま移行した私には、「飲んでいたころの朝」と比べる記憶が少ない。でも産前のことを思い出すと、週末の朝はなんとなくだるくて、午前中をゆっくり過ごすのが当たり前だった。今の朝の方が、ずっと体が軽い。

続けるために「こうしてみたら」と思ったこと

ノンアルを「代替品」じゃなく「選んだ一杯」にする

最初のころ、ノンアルビールを飲みながら「本当はビールが飲みたいのに」と思っていた時期があった。でも、その感覚は半年もしたら自然に変わってきた。ノンアルのクラフトコーラや、炭酸水にフルーツを入れたドリンクを試してみたら、「これはこれで好きだな」と感じる瞬間が増えた。

「お酒の代わり」として飲むのか、「今夜の一杯」として選ぶのか。気持ちの向き方が変わると、味の感じ方も変わる。そういう小さな発見が、選ぶことを楽しくしてくれた。

「記録しなくていい」を自分に許した

禁酒チャレンジの情報を調べると、「ノートに記録しよう」「アプリで管理しよう」という提案をよく見かける。それが向いている人には最高のツールだと思う。でも私は、記録が少し苦手だった。育児日記もほとんど続かなかったし、飲まなかった日数を数えることにプレッシャーを感じ始めてしまった。

だから途中から、記録するのをやめてみた。今日も選んだ、それだけでいい。カウントしなくても、自分の体と気持ちが「続いているよ」と教えてくれる。日数ではなく、感覚で続ける。これが私には合っていた。

1年を振り返って、一番よかったこと

正直に言うと、「ソバキュリを続けてよかった」という大きな感動は、あまりない。劇的な変化があったとか、人生が変わったとか、そういう話じゃない。

ただ、育児の疲れがある夜に、体がフラットなまま眠れること。子どもと過ごす朝に、ちゃんと起きられること。夜の2時間を、自分が「使えた」と感じられること。そういう小さな積み重ねが、今の私の日常をつくっている。

「選ぶ」は、やめたり続けたりの話じゃない。今夜の自分に何が気持ちいいかを、毎晩ちゃんと聞いてあげること。ソバキュリ2年目の今も、私はそれを続けている。

今夜どうするかを、自分で選べる。それだけで、夜がちょっと自分のものになる気がする。

※本記事は一般情報であり、医療的助言・診断・治療の推奨を目的とするものではありません。健康上の懸念がある場合は医療専門家にご相談ください。