以前の私にとって、「子どもが寝た後」は何だったか

授乳が終わって、ようやく寝かしつけが済んだ夜。時計を見ると21時を過ぎている。キッチンにそっと戻って、ワインを一杯注ぐ——それが、産前からずっと続いていた私の「1日の終わり方」だった。

お酒が好きだったわけじゃなく、たぶん「これで今日は終わり」という合図が必要だったんだと思う。あの感覚、育児中のお母さんならわかってくれる人も多いんじゃないかと思う。ずっと誰かのペースで動き続けた1日のあとに、自分だけの時間をやっと手に入れた感じ。

でも正直に言うと、その時間、あまり何もできていなかった。一杯が二杯になると、読みかけの本に集中できなくて、スマホをぼんやり眺めて、気づいたら日付が変わっていた。翌朝がしんどい日も少なくなかった。

授乳をきっかけに「飲まない夜」を試してみたら

「仕方なく」が「選んで」に変わった瞬間

授乳中はお酒を控えるのが当然のことで、最初は「仕方ない」という気持ちが正直あった。でも、3か月・4か月と続けてみたら、夜の使い方が少しずつ変わってきた。

子どもが寝た後に、読みたかった本を最後まで読めた日があった。それが小さいけれど、すごく新鮮だった。「あれ、私、ちゃんと集中できてる」と思った。お酒があると少し鈍くなっていた感覚が、ないとこんなにクリアなんだと気づいたのはこのころだ。

授乳期間が終わる頃には、「仕方なく飲まない」じゃなくて「選んで飲まない」に変わっていた。強い意志とか決意とかじゃなく、体がもう教えてくれていたと思う。

夜の2時間が「自分に戻る時間」になった

今の私の夜は、だいたい21時〜23時のあいだに完結する。子どもが寝た後にお茶かノンアルのスパークリングを用意して、そこから2時間が自分の時間だ。

以前と決定的に違うのは、その時間に「やりたいこと」が実際にできるようになったこと。ノートに書いたり、好きなポッドキャストをちゃんと耳で追ったり、翌日の子どもとの予定を考えたり。お酒を飲んでいた頃は「リラックスする時間」のはずが、なぜかいつも何もできないまま終わっていた。

「夜の2時間」の密度が変わったことが、私にとって一番大きな変化だったかもしれない。

飲まない夜に実際にやっていること3つ

1. 手を動かす系の作業を入れる

子どもの写真を整理してアルバムに貼ったり、手帳を書いたり。画面を見るだけじゃなく「手を動かす」ことが入ると、頭が自然に落ち着くのを感じる。お酒でぼんやりさせなくても、手作業で同じように気持ちが切り替わることを知った。

最近は、子どもが持ってきた石ころや葉っぱをスケッチするという謎の趣味まで生まれた。それくらい、夜の時間に「余白」ができてきた証拠だと思っている。

2. 「今夜のノンアル」を少し選ぶ

飲み物を選ぶというちょっとしたこだわりが、意外と夜の質感を変えてくれる。ハーブティーをいれるのか、炭酸水に少しレモンを絞るのか、ノンアルのビールタイプにするのか。この「何を飲もうか」という数分が、切り替えのスイッチになっている。

お酒を飲んでいた頃も「何を開けようか」と選ぶ時間が好きだったことに気づいた。その「選ぶ楽しさ」自体は、お酒じゃなくても成立するんだと思う。

3. 翌朝を「楽しみにする」設計をする

夜のうちに、翌朝の自分への小さなプレゼントを用意しておく。好きなコーヒー豆を挽いておくとか、読みたい記事をブックマークしておくとか。それだけで、夜が「今日の終わり」じゃなくて「明日への準備」になる感覚がある。

子どもがいると朝は慌ただしいから、夜のうちに整えておくと翌朝が少し違う。お酒を飲まなくなって時間と頭に余裕が生まれたからこそ、こういう「ちょっとした先手」が打てるようになった気がしている。

「飲まない夜」が続く理由を、自分なりに考えてみた

ソバキュリを始めて2年経って、なぜ続いているんだろうと考えることがある。禁欲とか意志の力とか、そういう話じゃない。単純に、飲まない夜の方が「次の日の自分が好き」だからだと思う。

子どもと朝ごはんを食べるとき、頭がちゃんとそこにある感じ。公園でかくれんぼをするとき、体が動く感じ。それが積み重なっていくと、夜のワインよりずっと満足感が大きいと気づいてしまった。

育児中は特に、翌朝の自分のコンディションが直接「子どもとの時間の質」に影響するから、余計にそう感じるのかもしれない。「今夜飲む楽しさ」と「明日の朝の自分」を天秤にかけたとき、後者を選びたいと思うようになった。それだけの話だ。

完全にお酒をやめているわけじゃない。お祝いの席では飲むこともあるし、「飲まない」を自分に課しているつもりもない。ただ、日常の夜は「選んで飲まない」でいる。その緩やかなスタンスが、逆に続く理由になっていると思っている。

夜の使い道を「決めない」でいることが、一番楽だった

ソバキュリを始めた頃、「飲まない夜はこう過ごすべき」みたいなルールを作ろうとしていた時期があった。でも、それがかえってストレスになって、続かなかった。

今は「特に何もしない夜があってもいい」と思っている。ただぼんやりと天井を見ていることもあるし、子どもの寝顔を眺めながら何も考えない夜もある。お酒がなくても、ぼーっとすることはできる。それを知ったのが、実は一番の発見だったかもしれない。

飲まない夜の「使い道」を探すというより、夜に何があっても大丈夫な自分になった、という感覚が近い。子どもが寝た後の静かな時間を、どんな形でも受け取れるようになった。それがソバキュリ2年目の、今の私の正直なところだ。

※本記事は一般情報の提供を目的としており、医療的助言・診断・治療の推奨を意図するものではありません。飲酒に関して健康上の不安がある場合は、医療機関にご相談ください。