「夏の朝が好き」と思えるようになったのは、最近のことだ
正直に言うと、以前の私は夏の朝が得意ではなかった。6時前から明るくて、子どもは早起きで、でもからだはまだ夜に引きずられているような感覚。夜にグラスを傾ける習慣があった頃は、早起きのたびに「もう少し寝ていたい」という気持ちが先に来ていた。
それが変わったのは、ソバキュリを選んでから、じわじわと、だ。劇的な瞬間があったわけじゃない。ただ気づいたら、夏の朝の光がきれいだと思えるようになっていた。
今日はその話を書いてみたい。「夜の終わり方」を変えたら、「朝の始まり方」まで変わった、という話。
子どもが寝た後の「夜の時間」が変わった
以前の夜と、今の夜
子どもが生まれる前、夜は自分だけの時間だった。好きなドラマを見ながら、ワインを一杯。それが「今日も終わった」というサインだった。別にそれが悪かったわけじゃない。でも授乳期を経てソバキュリを選んでみたら、夜の時間の使い方そのものが変わってきた。
今の夜は、子どもが寝た後の1〜2時間がある種の「回復タイム」になっている。お酒がない分、頭がクリアなままその時間に入れる。ぼんやりしながらも、ちゃんと自分の感覚と向き合える感じ、とでも言えばいいだろうか。
夜の「終わり方」に意識を向けるようになった
ソバキュリを選んでから気づいたのは、自分が「夜をどう終えるか」にほとんど意識を向けてこなかったということだ。飲んでいた頃は、お酒がゆるやかにオフへと誘ってくれていた。でもそれがなくなると、「さあ、どうやって今日を終わらせようか」を自分で決めなくてはならない。
最初はちょっと戸惑った。何かが足りないような、手持ちぶさたな感覚。でも「選んで飲まない」というスタンスでいると、その空白が徐々に自分なりの小さな習慣で埋まっていった。
私が「夜の終わり方」に取り入れた3つのこと
ハーブティーで「切り替えの儀式」をつくる
お酒の代わりに、というより、夜専用の飲み物を決めた。カモミールとレモンバームのブレンドティーを、小さなポットで丁寧に入れる。これだけのことなのに、「今日はここまで」という気持ちの区切りになる。香りが好きで続けられているのが大きい。子どもがいると、ゆっくり何かを飲む時間自体が贅沢に感じられるから、その5分が大事な時間になっている。
スマホを「別の部屋に置く」ルールを試してみたら
夜9時以降、スマホをリビングに置いたまま寝室に入るようにしてみたら、最初は手が何度も伸びそうになった。でも2週間も続けると、代わりに本を読むようになって、それが心地よかった。SNSのざわざわを持ち込まずに眠れるから、翌朝の頭の軽さが違う気がしている。頭の中が静かなまま朝を迎えられる、という感覚は、シラフでいるようになってからより鮮明に感じられるようになった。
「明日やること」を3つだけ書き出す
日記でも手帳でも、付箋でもいい。明日やりたいことを3つだけ書いて、その日を終える。多すぎず、少なすぎず。これをすると「今夜は終わった」という感覚が持てる。ソバキュリになってから、夜にやり残した感を引きずりにくくなった気がするのは、頭がクリアなまま一日を整理できるからかもしれない。
夏の朝が「ご褒美」になった理由
夜の終わり方を整えるようになってから、翌朝の感覚がじわじわ変わっていった。目覚ましが鳴る前に目が覚めることが増えたし、起き上がるのが重くなくなった。子どもが早起きしても、「あと少し寝たい」という気持ちより、「一緒に外の光を見よう」という気持ちが先に来るようになった。
夏の朝は、光が早い。5時台からすでに空が明るくて、以前は「眠れない」と思っていたその明るさが、今は「一日が長い」という豊かさに感じられる。子どもと窓から空を見ながらコーヒーを飲む10分間が、今の私にとっては一番好きな時間かもしれない。
お酒をやめたわけじゃない。でも「選んで飲まない」を続けていたら、夜の終わり方が変わり、朝の始まり方が変わり、一日の体感がじわじわ変わっていった。それだけのことなのに、なんだか大きな変化だと思っている。
「選ぶ」から始まる、自分のリズムの育て方
完璧じゃなくていい、という安心感
ソバキュリのいいところは、「絶対に飲まない」という縛りがないことだと私は思っている。年に数回、特別な席でシャンパンを口にすることもある。でも普段は飲まないを選んでいる。そのスタンスでいると、「できなかった」と責める夜がない。「今日はそういう日だった」で終われる。
禁酒にチャレンジしている人でも、30日を目標にしている人でも、「飲んでしまった夜」に自分を責めすぎないでほしいと思う。大事なのは、その夜をどう終わらせるか、そして翌朝にどう向き合うか、だと私は感じている。
夜の質が、朝の質をつくっている
子どもがいると、どうしても朝は子どものペースで動く。でも前の夜を丁寧に終わらせておくと、どんな朝でも少しだけ受け取り方が違う。からだが重くない、頭が澄んでいる、それだけで「今日もいける」という気持ちになれる。
シラフで夜を終えることは、翌朝の自分へのプレゼントみたいなものだと思っている。大げさかもしれないけれど、育児中の30代の私にとっては、それくらい実感のある話だ。
今年の夏も、夜を丁寧に終わらせながら、朝の光を楽しんでいきたいと思っている。
「夜の終わり方」を少し変えてみたら、夏の朝が好きになった。選ぶことで、自分のリズムが育っていく。
※本記事は一般情報であり医療的助言ではありません。体調や健康に関するご不安は、医師や専門家にご相談ください。

